ミネルヴァ・ノート

教育学研究科・教育学部インタビュー

TOHOKU UNIVERSITY

01

知識を「思考の道具」にまで高めれば、
子どもたちの学びはもっと豊かになる。

SATO Seiko

教育学研究科 総合教育科学専攻
准教授

SATO Seiko

佐藤 誠子

2023.1.12

佐藤誠子准教授の専門は教授学習心理学。「知識を学んでも問題が解けないのはなぜなのか」「問題解決を促すにはどう教えればよいのか」といった、教える・学ぶ営みについて心理学的な研究を行う学問分野だ。佐藤准教授が注目するのは、知識の「道具的機能」。その大切さを、実際の研究内容とともに語ってくれた。

━━ 先生のご専門は「教授学習心理学」ということですが、どんな研究分野なのでしょうか。

私が実際に取り組んだ研究事例から話を始めたいと思います。次の問題を考えてみてください。

さて、みなさんはどう考えますか。

━━ 頂点が4つ、辺も4つですから四角形に分類できるのでしょうが、頂点Cのない図形ABDをみれば三角形、つまり四角形以外の図形ということにもなりそうです。

提示された四角形の定義にしたがって考えれば図形ABCDは四角形に分類されるのですが、大学生を対象に実施した調査では、四角形とは認められない学生がほとんどでした。かたちは三角形だから、図形ABCDは四角形以外の図形だと考えるのは自然なことかもしれません。これを私たちは「直観的判断」と呼びます。この研究の目的は、そうした直観的判断を抑制し、四角形の定義にしたがった合理的判断をするようになる、その過程を分析することにあったのですが、学生同士で討論する際、定義に基づいて考えるように繰り返し促してもなお、「四角形ではない」という直観的判断にしばられる学生が多くいたのです。

━━ 直観的判断から離れ、定義に基づく合理的な判断を行うことが難しいわけですね。

はい、その通りです。そこで、図形の内角の和を調べてみるように促しました。図形ABCDの点AとCを結ぶ補助線を引くと、△ABCと△ACDの2つの三角形ができます。三角形の内角の和は180度ですから、図形ABCDの内角の和は180度×2=360度、したがって図形ABCDは四角形に分類できるということになります。実際の調査でも、この作業を経て、図形ABCDは四角形であるということに納得する学生を観察することができました。とはいえ、「それでもこれは三角形だ」と主張し続ける学生もまだいたのです。

━━ そう主張する学生たちの根拠はどんなものだったのでしょう。

根拠のひとつが、「Cは角ではない」というものです。しかし、∠Cは平角(180度の角)のはずです。ここからは、自分の知識と矛盾をきたしてまでも、自分の主張を変えようとしない推論の傾向が見えてきます。定義にしたがい合理的な判断を行うには、「図形ABCDは四角形ではない」という直観的判断を一旦留保し、「四角形の定義からすれば、これは四角形かもしれない」という仮説的判断のもとに思考を重ねていくことが必要です。

ここで重要なのが、ここで示した定義はルールであり、ルールは「思考の道具」であるということ。ルールには未知の対象についてその性質を予測できる機能があり、ルールを使って予測しそれを確認することでルールの確からしさが高まっていくという面もあります。こうした知識の機能を、私たちは「道具的機能」と呼ぶことにしました。知識の道具的機能を教えることが、先のような推論を抑制し、図形ABCDのような三角型四角形に対する判断の転換をもたらすかどうかについて、後におこなった研究では面白い結果が出ました。調査に参加した学生に感想を書いてもらったところ、感想の中で知識を使うことの大切さなど知識の道具的機能について言及した学生では74%が図形ABCDを四角形と分類、知識の道具的機能について言及のなかった学生では36%と、有意な差が出たのです。

━━ 教授学習心理学の研究として、こうした調査の先にはどんな可能性があるのですか。

子どもたちが問題を解けない、解決できないのは、教えられた知識を使って自分の知らないことに対して考えるということができないからではないかと考えています。自分の知っていることにしか知識を使わず、自分の知らないこと、見たことのないものには知識を使おうとしない、あるいは知識の適用範囲外だと考えてしまう。そうしたことが結局、つまずきのもとになっているのかもしれません。知識を「まとめておしまい」式の学習ではなく、「じゃあ、これはどうかな?」「なぜそうなるのかな?」という問いの中で知識を使っていく。それが、最近よく言われる思考力や知識の活用力の向上につながっていくのではないでしょうか。ではそのためには教師はどのように教えればよいのか、授業をどう構成すればよいのか、といった「教え方」の問題にも関わってきます。

━━ 今後もさまざまな研究の展開が期待できそうですね。ところで、先生が高校生だった当時、進学先についてはどんなことを考えていましたか。迷いなく、東北大学教育学部を選択したのでしょうか。

私自身は算数や数学が好きで得意だった一方で、周りには算数・数学は嫌い、苦手だという人が結構多く、そんな友人たちが「どうやって解くの?」と聞きにくるわけです。そういうことをしているうちに、将来は数学の先生になろうかなと考えるようになり、高校1年の文理選択では理系を志望しました。

当時は、数学の先生以外にもいろいろな分野に興味があって、カウンセラーを将来の目標に心理学を学ぶとか、美術部の所属だったので、美術系の大学も面白そうと漠然と思っていました。そんな思いを担任の先生に話したところ、先生からは「心理学に興味があるのなら文系だよ」というアドバイスをいただきました。また、心理学の研究では統計学など数学的な手法も用いるということを知り、得意の数学を生かせる選択肢のひとつとして、心理学が学べる大学への進学を意識するようになりました。

私の根底にあったのは、勉強がなんか苦手、わからない、つまらないという人たちに対する、どうしてつまらないのだろう、勉強がわかって楽しくなるにはどうしたらいいのだろう、という疑問です。東北大学の教育学部には教育心理学の分野もあるし、それこそ教員にとって必要な教育学の知識を学ぶこともできるし、どちらに転んでも自分がやりたいことができる学部という印象を持っていました。

━━ 心理学に関心があったとすると、文学部心理学科という選択肢もあったのでは…。

東北大学に進学した高校の先輩たちに話を聞く機会があり、文学部で学ぶ心理学と教育学部で学ぶ心理学の違いを知りました。高校生の頃は、悩みを抱えた人を救うための学問が心理学、というように心理学をとても狭く考えていて、それならやはり臨床心理学を学ぶことのできる教育学部だと、その時は考えました。

 
 
 

━━ 臨床心理に興味を持っていた先生が、専門分野として選んだのは教授学習心理学でした。教育学部のさまざまな学びの中で、どんな変化があったのでしょう。

私が学部生だった当時は、2年次にコースの振り分けがありました。当時は5コース制で、そのうち心理学が学べるコースとして教授学習科学コースと人間発達臨床科学コースがあったのですが、教育学と心理学の両方が学べるという点にその当時は魅力を感じ、前者を選択しました。学校不適応などの問題の背景には、授業についていけない、勉強がわからないという学習の問題も大きく関わっているのではないか、だからこそ「普段の授業を大事にしなければ」という思いもありました。そのために、教員免許状の取得に向け、教職課程も履修していました。

━━ そうやって選んだ教授学習心理学の研究の面白さはどんな点にあるとお考えですか。

研究の面白さを最初に知ったのが、学部の3年次に取り組んだ追試研究です。学術雑誌に載っている研究について追試をするのですが、自分たちで一から研究を見直し仮説を立て実験計画を練り直し、データを取って分析するというものです。先生方からは厳しい意見が飛んでくるし、結構大変だったのですが、自分たちで立てた仮説が支持されるかどうかなど、この経験を通して実証研究の面白さを知りました。

卒業論文では、「等周長問題」を題材に研究を行いました。それは、こういう問題です。

みなさんならどう答えますか。事前テストで、子どもたちの多くは「変わらない」と答えました。この子どもたちはすでに「平行四辺形の面積=底辺×高さ」という公式を学習済みです。その知識を使えば、高さが小さくなっているから面積も小さくなる、というのがわかるはずなのに、なかなかそうはいきません。そこで、枠の中にパン粉を敷き詰め、問題と同じように枠を押しつぶして見せました。すると、パン粉は盛り上がります。この実験の後の事後テストでは、子どもたち全員が「狭くなった」と回答。子どもたちは、パン粉が盛り上がるのを見て、枠の中の面積が小さくなったことを具体的な量として理解することができたのです。

━━ 立体的に見せることで、子どもたちは面積を具体的な量として理解したわけですね。

ところが、ここで新たな課題が生まれました。パン粉を使った実験の前後にもう1問、共通の底辺を持ち、高さが同じ長方形と平行四辺形について、面積の大小を問う問題を出したのです。

底辺と高さが同じであれば面積も同じなのですが、この問題に関しては、実験前に比べ、実験後の方が正答率が下がってしまいました。事後テストでの典型的な誤答は、「実験では正方形から平行四辺形に形が変わった時、面積が小さくなった。だからこの場合も平行四辺形の方が面積は小さくなる」というもの。つまり子どもたちは、底辺×高さという公式ではなく、形の変化に着目していたわけです。

この研究で私が立てた仮説は、「等周長問題で面積が小さくなったのは高さが小さくなったからだと子どもたちは気付く。そして、面積の課題を解決するために公式を活用するということを理解する」というものでした。その仮説が見事に否定され、しかも正答率が下がるという逆方向の結果が得られてしまったわけですが、その時感じたのは「子どもたちの認識ってこうなんだ、面白いな」ということ。理論を組み合わせて仮説を立てて研究を進めていくと、仮説通りにならないところが生まれてくることがある。こちらの論理と学習者の心理は違う。それが研究の面白さであり、それを知ったことが、その後の大学院進学、そして研究者としての現在につながっています。

━━ 卒業研究で研究の面白さを知った先生は、その後大学院に進学しさらに研究を続けていくわけですが、研究者としてやっていこうと考えたのはいつ頃のことなのでしょう。

研究者をめざそうと本気で考えたのは、大学院の修士課程に入ってからです。それまでは教員採用試験も受験し、合格したら先生に、ということも考えていました。修士課程の2年目に初めて学会発表を経験し、さまざまな研究者と意見交換を行い、自分の研究に対していろいろなアドバイスや意見をもらえコミュニケーションできたことがとても楽しく、やはり研究者の道を歩んでいこうと腹をくくりました。

━━ 先生には東北大学以外での教員経験もありますが、東北大学教育学部の魅力、強みはどんなところにあると思いますか。

学生として学んでいた時にはそれほど感じていなかったのですが、他大学を経験したことで、本学の教育・研究環境がいかに充実しているのかを実感しました。図書館に行けば資料にすぐにアクセスできるし、奨学金制度や学会発表のための渡航費援助など、教育サポートの面でもとても恵まれていると思います。

本学の教授学習心理学分野では、学習内容とかなり密接に関係した研究が展開されています。新しい学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が掲げられ、教授学習心理学の分野でも、話し合い活動や共同学習、アクティブラーニングといったテーマが盛んに研究されています。そうしたテーマについても、学習内容と結び付けた形での研究を大切にするというのが本学の教授学習心理学分野の特色であり、強みでもあると思います。

━━ 最後に、未来の東北大学教育学部生になるかもしれない高校生たちに向けて、メッセージをお願いします。

高校生の知識では、教育学や教育心理学がどういう学問分野なのかわからないのが普通だと思います。自分の経験してきたことや見聞きしてきたことでしか判断できない分、私のように、「心理学=臨床心理」という狭い理解にとどまることにもなります。そんな高校生のみなさんにアドバイスするとしたら、自分の関心を少し幅を広げて持っておくといい、ということでしょうか。そうすれば、大学進学後のさまざまな学びや経験の中から、自分が本当にやりたいことは何か、徐々に焦点が定まっていくのではないかと思います。

東北大学教育学部には、「教育」や「心理」を共通のキーワードにした、同じ志を持つ仲間がたくさんいます。私もそうであったように、それが何よりの財産となるはずです。この川内キャンパスで、仲間たちとの学び合いや語り合いを楽しんでください。

思考力を育む
「知識操作」の心理学

—活用力・問題解決力を高める
「知識変形」の方法

著者:工藤与志文/進藤聡彦/麻柄啓一
出版社:新曜社
発行:2022年2月

本の帯に『「理解のための知識」から「思考のための知識」へ!』
とあるように、知識の「道具的機能」について、理科や算数、社会の具体的な学習内容を取り上げながらわかりやすく説明しています。教育技術のハウツー本ではなく、「知識操作」を理論的背景とした一冊。著者のお一人である工藤与志文先生は、わが東北大学教育学部の教授です。

Profile

佐藤 誠子SATO Seiko

山形県立山形東高校出身。東北大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科総合教育科学専攻に進学、2011年同博士課程後期修了。2012年東北大学大学院教育学研究科の博士研究員、2013年東北大学大学院教育学研究科教育学部教育ネットワークセンター助教。2014年石巻専修大学人間学部助教、2020年同准教授。2022年東北大学大学院教育学研究科准教授に着任。博士(教育学)(東北大学)。

教育学研究科・教育学部 教員プロフィール