ミネルヴァ・ノート

教育学研究科・教育学部インタビュー

TOHOKU UNIVERSITY

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子どもが苦手だった
私に起きたブレイクスルー。
発達障害児との関わりで
生まれた「疑問」が
研究のきっかけに。

YOKOTA Susumu

大学院教育学研究科 総合教育科学専攻
准教授

YOKOTA Susumu

横田 晋務

2025.3.25

自閉スペクトラム症を2つのアプローチで研究する。

━━横田先生が取り組んでいる研究テーマは何でしょうか。

写真1
「発達障害学」を専門とし、発達障害の一つである自閉スペクトラム症(ASD)に関する研究を行っています。ASDの方は一般的にコミュニケーションが苦手といった社会性に障害特性があるとされていますが、そのような障害特性 がなぜ生じるのかに関心を持ち、研究を進めています。
このテーマに対して、私は二つのアプローチから取り組んでいます。
一つ目は、個人へのアプローチです。ASDのある方に問題に取り組んでもらい、その成績や解く過程を分析する行動実験を実施しています。また、脳科学的な視点からも研究を行い、MRIを用いて問題に取り組むあいだの脳の活動を観察し、認知機能がASDの障害特性に与える影響を探っています。
二つ目は、社会的なアプローチです。これは、障害を個人に帰着させるのではなく、社会環境との相互作用によって生じるものと捉える考え方です。具体的には、人々の心理的なバリアが関係してくるため、ASDの方を周囲の人々がどのように見ているのかという、「態度」を調査しています。ただし、自分の態度に偏見や差別的な要素があると自覚している人は少ないため、より潜在的な意識を測るための問題 を設計し、そのデータを分析しています。

どうしたらうまく関われるのか、その疑問が興味につながった。

━━自閉スペクトラム症(ASD)の研究に取り組まれるようになったきっかけを教えてください。

写真2

私がこの研究に興味を持ったきっかけは、学部生の頃に障害のある子どもたちと関わった経験です。
教育学部に入学したからには、子どもと接する機会を増やしたいと思い、障害のある子どもたちと遊ぶサークルに参加しました。そこで、一人のASDの子どもと出会いました。
その子は言葉でのコミュニケーションがほとんどなく、砂場でひたすら手のひらにすくった砂を落とす動作を繰り返していました。私も一緒に遊ぼうと、いろいろ試してみたのですが、どんなアクションをしても反応がありません。「遊ぶとは双方向のやりとりで成り立つもの」という私の既成概念が、まったく通用しなかったのです。今振り返ると、その子は砂の感触や落ちていく様子を楽しんでいたのだろうと推測できます。しかし、当時の私は何のスキルも知識もなく、その行動の意味を理解することができませんでした。
また、別の機会には、まったく異なるタイプの子どもと出会いました。電車が大好きな子で、初対面の私にいきなり「何で来たの?東北本線?」と勢いよく話しかけてきたのです。前回の子とは対照的なコミュニケーションの仕方に、私は驚きました。それまでASD児は皆、会話が難しいものだと思い込んでいたからです。
こうした経験を通じて、私は「どうすれば彼らとよりよく関われるのか?」という疑問を抱くようになりました。わからないことが多いからこそ、もっと知りたい、もっと理解したいと思うようになったのです。

━━興味を持ったことを研究テーマにする上で大切なことは何でしょうか。

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研究テーマを決める際の出発点は、「興味を持つこと」だと思います。しかし、単に興味があるだけでは、研究にオリジナリティを生み出すのは難しいものです。
例えば、論文のテーマを決めるときには、「これまでにない独自性はどこにあるのか」を意識して探る必要があります。これは簡単なことではありませんが、興味を一過性のものにせず、継続的に関心を持ち続けることで、自分なりの視点や研究手法が少しずつ見えてくるのではないでしょうか。

もっとも苦手なシチュエーションで起きたブレイクスルー。

━━大学生活で印象に残っている経験はありますか。

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子どもとの関わり方について、私自身の成長につながったと感じる忘れられない経験があります。
それまでASDのある子どもと関わった経験から発達障害について勉強を深めようと思った私は、発達障害学の研究室に配属されました。その研究室では、発達障害のある子どもを対象として実際に支援活動を行っていたのです。
実は、私は子どもと接することに苦手意識を持っていました。グループ活動の中で、子どもに合わせて声のトーンを変えたり、表情を柔らかくしたりするのが恥ずかしく、それを周囲の大人に見られることにも抵抗があったのです。そんなぎこちなさは子どもにも伝わり、なかなか信頼関係を築くことができませんでした。
そんな私にとっての転機となったのが、このグループ活動での出来事です。ASDのある子どもたちと遠足に行った際、担当していた子が突然腹痛を訴え、駅のトイレに駆け込みました。私は個室の外から「出たの?」と声をかけましたが、返事がありません。それでも何度も問いかけるうちに、ようやく「出てない」と返事があったのですが、それがきっかけで大便について聞かれることに面白さを覚えたその子と「出たの?」「出てない」というやりとりが、まるで漫才のように続いたのです。
周囲には、トイレを利用する見知らぬ大人たち。私にとっては、とても気まずい状況でした。しかし、その子とのやりとりの面白さに、次第に恥ずかしさが薄れ、気づけばその子どもの世界観に入り込んでいました。「子どもの視点に合わせる」とはこういうことなのかもしれないと、何かを掴んだ実感がありました。
この経験をきっかけに、子どもと関わることへの抵抗感がなくなり、自分のコミュニケーションの幅も広がりました。そして、ASDのある子どもたちに対して自分にできることがあるかもしれないという希望が生まれたのです。大学院へ進学する決意にもつながる、忘れられない出来事でした。
ちなみに、大卒での就職はほとんど考えていませんでした。入学当初はスクールカウンセラーや心理士になりたいと思っていたため、受験資格が得られる博士前期課程までは進もうと決めていたのです。結局、発達障害学に興味が向き進路を変えましたが、院に進みたいという気持ちは変わりませんでした。理由は、発達障害学を学び、実際に子どもたちと関わる機会が増えるにつれて、「研究」「支援」「教育」のすべてに関わりたいと思うようになったからです。これら3つに対して同じ重要度で取り組むため、大学に残ることを決めました。

━━大学院ではどのような研究に取り組まれましたか。

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大学院では「嘘」について研究しました。きっかけは、あるASD児と接する中で、「もしかしてこの子は嘘がつけないのでは?」と思う出来事に出会ったことです。そこから「ASD児と嘘」というテーマに関心を持ち、行動実験を通じてデータを分析し、定型発達の子ども(発達の遅れや障害などがない子ども)たちと比較しました。その結果、ASDのある子どもたちは嘘をつくことができるようになるのが遅くなることが明らかになってきました。
このように、ASD児と直接関わることで、多くの気づきや新たな視点を得ることができます。中には長期的に関わらせていただくケースもあり、その積み重ねが研究を深める大きなきっかけになっています。

東北大学なら興味の幅を広げながら専門性を高めていける。

━━有意義な学生生活を送るためのアドバイスをお願いします。

これは私自身、「もっとやっておけばよかった」と感じていることでもありますが、ぜひ積極的にさまざまな研究分野に触れてみてください。
私が現在取り組んでいる研究には、「脳」に関する理系の内容が含まれています。文系の教育学部に進んだからといって、理系のアプローチを活用しないわけではありません。実際、教育学の研究でも理系の視点を取り入れることは珍しくないのです。
その点、総合大学である東北大学では1・2年次に「全学教育」として文理を超えた幅広い講義を受けることができます。私自身も1年次に受講した「生命科学概論」が非常に興味深く、自分の視野を広げるきっかけになりました。専門分野の学びを深めたい気持ちもあるかもしれませんが、大学時代にしか得られない多様な学びの機会を、ぜひ大切にしてほしいと思います。
また、大学での学びの面白さは、「私はどう考えるか」を問われる点にあります。高校までの学びでは、問題と正解が用意され、いかに速く正確に答えを導き出せるかが求められていました。しかし、大学ではそもそも「問題が何なのか」を考えるところから始まります。
さまざまな意見が交わされる中で、自分の考えを深め、時には批判的思考を交えながら議論を重ねるプロセスこそが、大学での学びの醍醐味だと私は思います。

━━東北大学教育学部での学びは就職活動にも有利だと思いますか。

もちろん、有利だと思います。東北大学は、研究第一主義を掲げた大学です。「学部を卒業したら就職するのに、なぜ研究をする必要があるのか」と疑問を持つ人もいるかもしれませんが、研究には社会人として成果を上げるために必要な要素がたくさん詰まっています。
具体的に言うと、PDCA(Plan 計画・Do 実行・Check 評価・Action 改善)のサイクルを、極めて詳細に行うプロジェクトが研究です。自分で問題を見つけ、解決策を考え、データを収集・分析し、その結果を踏まえて次のステップに進む。このサイクルを丁寧に回す経験をすれば、どのような分野の職に就いても大きな強みになるでしょう。

勉強は基本に忠実に。体調管理は自分に合った方法で。

━━最後に、先生の大学受験時のお話と、受験勉強に取り組む読者の方に向けたメッセージをお願いします。

写真6

私の勉強法がどこまで参考になるかわかりませんが、私は教科書の内容や授業のプリントを自分なりにノートにまとめ直すことを大切にしていました。受験対策としては、基本を徹底し、センター試験や二次試験の過去問をひたすら解き続けました。各大学の2次試験で必要となる教科に力を入れて勉強を進めていましたが、特に国語の古文や漢文が好きで、自分が使っている日本語が異なった使われ方をしていることや解読していく感覚を楽しんで勉強していた思い出があります。特別な勉強法ではありませんが、「自分なりに整理すること」と「繰り返し問題を解くこと」がもっとも力になると思っています。
受験では、学力だけでなく本番で実力を発揮できる体調管理も重要です。睡眠時間を削って勉強しても、頭に入りにくいですし、免疫が落ちて体調を崩すリスクもあります。そのため、私は1日24時間を3分割し、8時間は学校、8時間は塾や自習、そして8時間は必ず睡眠という時間配分を意識していました。また、夜遅くまで勉強するとダラダラと続けてしまいがちなので、朝型の生活に切り替え、早朝のまとまった時間を勉強に充てるようにしました。
受験は精神的なプレッシャーとの戦いでもあります。緊張や不安、焦りから試験当日に体調を崩してしまうことも少なくありません。私自身、お腹が弱かったため、模試のような緊張感のある日にどんな食事なら大丈夫か、どの整腸剤が合うのかなどを何度も試しました。その経験が、本番で落ち着いて試験に臨む助けになりました。
東北大学の二次試験は寒い時期の仙台で行われるため、皆さんも自分に合った体調管理の方法を見つけてみてください。受験で積み重ねた努力が実を結び、東北大学教育学部で皆さんの可能性が大きく広がることを願っています。

ソーシャルブレインズ

著者:開一夫・長谷川寿一 編
出版社:東京大学出版会
発行:2009年1月

コミュニケーションに関する脳の研究知見と、発達障害や自閉スペクトラム症の方の脳機能についてまとめられている。脳の働きについて専門的に学べる読みやすい一冊。

Profile

横田 晋務YOKOTA Susumu

千葉県出身。千葉県立千葉高等学校を卒業後、東北大学教育学部に入学。発達障害学を専攻し、同大学院教育学研究科に進学。修了後は東北大学加齢医学研究所認知機能発達(公文教育研究会)寄附研究部門助教として3年間勤め、九州大学で7年間勤めた後、2024年より東北大学大学院教育学研究科准教授。

[学士論文]
課題遂行場面における自閉症児の共有性
-関わり手の発話が与える影響から-
[修士論文]
欺き行為からみた他者意図理解の発達
[博士論文]
自閉症スペクトラム障害児における他者信念操作の発達
-欺き行為と実行機能に焦点を当てて-