ミネルヴァ・ノート

教育学研究科・教育学部インタビュー

TOHOKU UNIVERSITY

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カウンセリングをもっと身近なものに。
メンタルヘルスの問題を
抱える方の支援に
「臨床」と「研究」の
側面から取り組む。

Lenna SCHLEMPER

大学院教育学研究科 総合教育科学専攻
助教

Lenna SCHLEMPER

シュレンペル レナ

2025.3.25

メンタルヘルスの問題をもっと身近にするには。

━━シュレンペル レナ先生が取り組んでいる研究テーマは何でしょうか。

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メンタルヘルスの問題や心理的な悩みを抱える方が専門家に助けを求める「援助要請行動」について研究しています。日本では、悩みを抱えていても専門機関を来談することに抵抗を感じる人が多く、カウンセリングの利用者は増えているものの、依然として偏見が強く、受診先や支援の内容のわかりにくさが課題となっています。そのため、適切な支援を受けられないケースが少なくありません。
私の研究では、こうした状況を改善し、専門家への相談を促進する方法を探っています。その一つが、ICTの活用です。近年、メンタルヘルスに関する情報提供サイトやアプリ、ビデオ通話によるカウンセリングなどのオンライン心理支援が普及しています。特にコロナ禍では、直接、専門機関に行きづらい状況が影響し、ビデオ通話を用いた支援が急速に広まりました。しかし、オンライン心理支援が「援助要請行動」の促進に役立つのかは、今後の検証が必要なテーマとなっています。

国際的視野や多様な視点を持った心の専門家を育てる。

━━先生の普段の仕事内容を教えてください。

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研究に加え、教育学部生や院生に向けた臨床心理学の講義も担当しています。また、臨床心理士や公認心理師を目指す学生の実習マネジメントも重要な仕事です。資格取得には定められた実習時間の確保が必要で、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働などの分野で、実習先との調整や学生への実習指導を行っています。
また、東北大学大学院教育学研究科では「Asia Education Leader (AEL) Course」という国際プログラムがあり、中国、韓国、台湾などの大学と連携して、学生に多様な学びを提供しています。私はこのコースで心理学の講義を担当しています。学生の皆さんにとっては、他国、他大学の先生の講義を受けることができるので、国際的視野はもちろん、多様な研究視点を取り入れる良い機会になっているようです。

「なぜ」と「なるほど」を積み重ねて生きた知識をつける。

━━先生は高校時代どのような勉強をしていましたか。

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私は中学の頃からインターナショナルスクールに通い、海外の大学進学を目指して勉強をしていました。両親が海外国籍で、将来は私を海外の大学に進学させたかったようです。私自身も小さい頃から海外の親戚のもとによく行っていたので、いつかは海外暮らしを経験してみたいと思っていました。
中学・高校時代は国際バカロレア(IB)のディプロマ・プログラムで学びました。このプログラムの最終試験結果が大学進学に影響するため、日本の共通テストや模擬試験の対策などはしていません。
私が高校時代に意識していたのは、単なる暗記ではなく「なぜそうなのか」を考える勉強法です。例えば、歴史は暗記科目と思われがちですが、背景にあるストーリーを理解しながら学ぶことで、より記憶が定着します。当時の歴史の先生の熱意あるトークに引き込まれ、気づけば得意科目になっていました。
一方で苦手だったのは数学です。なかなか数式が理解できなかったのですが、これも先生に丁寧に教えていただきながら、自分なりに「なぜこの数式なのか」を理解し、一つひとつ疑問を解消していきました。そうやって「なるほど」と腑に落ちるような経験をすることが、生きた知識につながっていくと思います。
また、ディプロマ・プログラムは、クリティカルシンキングやロジカルシンキングを重視し、歴史の試験でも論述が求められるなど、論文を書く機会が多くありました。論文を書くためには書き方だけでなく、多角的な視点を持つことも重要です。そのため、図書館で本を借りたり、先生に薦められた文献を読んだりして、意識的に視点を増やしていきました。この勉強方法は大学でも大いに役立ったと感じています。

進路に迷ったらまずは体験してみることが大事。

━━先生が心理学に興味を持ったきっかけを教えてください。

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高校時代に就労支援事業所を兼ねたパン屋でボランティアをしたことが、私が心理学に興味を持ったきっかけでした。そこで初めてメンタルヘルスの問題を抱える方々と関わり、支援担当者が一人ひとりに寄り添う姿を見て、「こうした支援に携わりたい」と思うようになったのです。
同時に、なぜこれまでの自分の人生ではメンタルヘルスが話題に上ることが少なかったのか疑問を抱きました。海外に目を向けると、アメリカやイギリスなどでは積極的にメンタルヘルス分野に取り組んでいることを知り、現地の大学で学びたいと思うようになりました。最終的にイギリスのオックスフォード・ブルックス大学を志望したのは、当時のイギリスでカウンセラーになるために必要なBPS(British Psychological Society)認定の学士号を取得できる大学であったことと、オックスフォードの街には学生が多く学術都市としての環境が整っていると感じたからです。

━━進路に迷っている学生に向けてアドバイスをお願いします。

受験で進路を決める際に、「自分はこの道に進みたい!」と明確に決まっている人は、それほど多くはないと思います。そんな時におすすめしたいのが「体験」です。
実際に自分の目で見て、肌で感じることで、これまでになかった気づきが得られます。「楽しいな」「意外と得意だな」「まったくピンとこないな」など、自分の心の動きを知ることができるでしょう。こうした気づきは、進路を考える際の材料の一つになります。さらに、将来の勉学で役立つことがあるかもしれません。無駄な体験はないと思うので、ぜひいろいろな分野に触れてみてほしいです。

イギリスで感じたカウンセリングが身近にある社会。

━━イギリスでの大学生活ではどのようなことを学びましたか。

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無事にオックスフォード・ブルックス大学の心理学部に入学した私は、「メンタルヘルスの問題を抱えている人を支援したい」という夢への第一歩を踏み出しました。
学び始めて驚いたのは、心理学が非常に多岐にわたる学問であることです。認知心理学、発達心理学、社会心理学など、さまざまな分野があり、研究方法も量的・質的アプローチと幅広いものがあることを知りました。  特に印象に残っているのは、心理療法の歴史に関する講義です。時代ごとに異なる社会問題がメンタルヘルスに影響を与え、それに伴いカウンセリングの技法も変化してきたという内容でした。例えば、現代ではネットが身近だからこそICTを活用した支援も広まりつつあります。100年前には存在していなかった技法です。こうした変遷を知ることで、カウンセリングとは何かを深く考えられるようになりました。
 また、イギリスのメンタルヘルスへの取り組みを肌で感じられたことも貴重な経験でした。イギリスでは学生向けのメンタルヘルス情報が豊富で、カウンセリングの案内が自然に目に入る環境が整っています。さらに、心理療法を誰でも無償で受けられる国の制度があり、メンタルヘルス支援が社会に根付いていると感じました。ただし、無償ゆえに支援を受けられるまでの待機時間が長いなどの課題も出てきています。
一概に良い悪いとは言えませんが、日本でもこれくらいカウンセリングが身近になる取り組みができないだろうかと思いました。

━━イギリスの大学を卒業した後の進路について教えてください。

イギリスで就職する選択肢もありましたが、やはり慣れ親しんだ日本でメンタルヘルス支援の充実に貢献したいと考え、帰国することを選びました。私の心理学の原点は支援する現場の光景でしたから、その夢を叶えるには臨床心理学の専門知識を学ぶ必要があります。そこで志望したのが、九州大学大学院実践臨床心理学専攻です。臨床心理士として働くための、実践的な学びができると思い志望しました。
ところが、入試の準備にはとても苦労しました。今まで英語で学んできた心理学の知識を、すべて日本語で学び直す必要があったからです。これはもう覚えるしかありません。6月にイギリスの大学を卒業してから試験までの約半年間、ひたすら言葉を置き換えて暗記に取り組みました。無事に日本語での筆記試験や口述試験などをパスし、入学できたときはホッとしました。

サービス・ギャップを埋めるために研究を続けたい。

━━大学院時代はどのような研究に力を入れていましたか。

九州大学大学院実践臨床心理学専攻は、臨床心理学の専門職を養成することに力を入れている機関です。私はここで、臨床現場で求められる基礎や実践的な技能を学びました。ですが、このまま臨床の現場に出て良いのかどうかは、正直ずっと迷っていました。イギリスで感じた「日本でカウンセリングを身近にするには」という課題をもう少し掘り下げたかったからです。
最終的に、私は研究を続ける決断をしました。メンタルヘルスの問題を抱えている方が、支援につながらない状態を「サービス・ギャップ」と言うのですが、この分野を専門とする教授が東京大学にいると知り、研究室の門を叩きました。そこで取り組んだ研究テーマは、ICTを活用した心理支援によるサービス・ギャップの解消についてです。研究室の仲間と一緒にウェブサイトやアプリを開発し、アクセスしやすい支援のあり方を模索しました。まさに、現在の私の研究テーマにつながっています。
東京大学大学院で4年間学んだ後は、複数の大学で助教や非常勤講師を務めてきましたが、研究だけをしてきたわけではありません。目標としていた支援現場での臨床にも取り組んでいます。今は子育てに時間を割いていますが、以前は週に1~2日ほどクリニックや相談機関などでカウンセリングを行っていました。今後も、メンタルヘルスの問題を抱える方の支援を続けるとともに、サービス・ギャップの対策につながる研究も深めていきたいと考えています。

臨床と研究の両方に強いのが東北大学。

━━国内外の大学や大学院で学んできた先生から見た東北大学の魅力はどこですか。

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これまでオックスフォード・ブルックス大学、九州大学、東京大学といろいろな大学や大学院で学んできました。そして今、東北大学に来て感じるのは、臨床指導と研究指導の両方に力を入れていて、どちらの道も諦めずに学べる環境が整っているということです。
また、心理学にはさまざまな分野があり、多くの先生が異なる領域で研究を行っています。直接話す機会もたくさんあるので、漠然と心理学に興味があるという方でも、興味が持てるテーマとの出会いがきっとあるでしょう。その学びを将来どのように生かすか考えた時に、臨床の道も研究の道も選択しやすいのが東北大学の魅力です。きっと新たな発見と、想像以上の成長の機会が待っていますよ。ここでの学びが、皆さんの可能性を広げ、より良い未来への通過点になることを願っています。

居るのはつらいよ

ケアとセラピーについての覚書

著者:東畑開人
出版社:医学書院
発行:2019年2月

心理士がデイケアの職場で過ごした日々をつづった物語。「ケア」とは何か、「セラピー」とは何か、心理支援について面白く学べる本です。

Profile

シュレンペル レナLenna SCHLEMPER

福岡インターナショナルスクールを卒業後、オックスフォード・ブルックス大学心理学部心理学科に入学。卒業後、九州大学大学院人間環境学府実践臨床心理学専攻に入学し、2015年に博士前期課程を修了。その後、東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻臨床心理学コースに1年間研究生として在学した後、同博士後期課程に進み、2019年に修了。複数の大学で助教や非常勤講師を務めた後、2022年より東北大学大学院教育学研究科助教に着任。

[学士論文]
Intimacy in Romantic Relationships: Thematic Analysis on the Process of Personal Growth
[修士論文]
うつ病の疾病理解および治療と援助に関する認識の文化差
-サービスギャップの対策に向けた臨床心理学研究-
[博士論文]
うつ病の専門的な援助要請を促すICTアクセス促進システムに関する研究
―「治療効果の認識」に着目してー