
社会人経験に「研究」が加わると、
活動に深みと説得力が増す。
とことん学びを追究できる東北大学で、
ビジネスにも生かせる大きな武器を
手に入れてほしい。
TSUKAKOSHI Tomoko
臨床心理士・公認心理師
産業カウンセラー・博士(教育学)
TSUKAKOSHI Tomoko
塚越 友子
2025.3.25
死にたい気持ちを持つ方と向き合う心の専門家。
━━現在の塚越さんのお仕事や、特に力を注いでいるテーマを教えてください。

また、自殺対策のNPOの活動にも携わり、電話相談やSNS相談で、死にたいと考える人と向き合う相談員を育成するスーパーバイザーを務めています。
自殺の予防段階の啓発活動から、今すぐ命を絶ちたいと考える人への対応まで、自殺予防のすべてのプロセスに関わりたいという思いで活動しています。
一度立ち止まって学びを深めるラストチャンスだと思った。
━━大学院進学を決意した背景は何だったのでしょうか。

東北大学大学院に入学する前から、産業カウンセラーとして活動していました。実は私自身、若い頃に内臓疾患を患い、投薬治療の副作用のつらさも加わってうつ病を発症し、自殺念慮を抱えた経験があります。親子関係やその他の人間関係にも悩み、キャリアも中断され、社会的に排除された感覚にも苦しみました。
現在に比べると当時は、うつ病への社会的偏見が強く、さらに心の風邪などと言われうつ病者の苦しみが軽く扱われ正しく理解されませんでした。社会に適応することへの困難さも加わって、強烈な生きづらさを抱えていました。そんな時、カウンセリングと出会ったことで自分の心と向き合えるようになり、次第に乗り越えることができたのです。
この経験がきっかけで産業カウンセラーの資格を取り、心理相談室を始め、ありがたいことに書籍出版や講演活動、テレビ出演など、多忙な日々を送っていました。
しかし、常に不足感があり、それが自信のなさにつながり不安感にもさいなまれていました。当時は外に向けて発信するばかりで、新たに学ぶ時間が取れていなかったこともあり、一度立ち止まって充電する時間が欲しかったのです。また、自殺予防を一生のテーマとして取り組むなら、研究にも携わる必要があるという考えも持っていました。今振り返ると、「中年の危機」(自己実現への焦燥感や将来への不安と向き合う時期)だったのかもしれません。
大学院進学を考えるなら、キャリア的にも体力的にも40代がラストチャンスだと感じ、42歳の時に挑戦を決意しました。
学びたいテーマも理想的な校風もすべて東北大学にあった。
━━社会人として、大学院進学を考えた際に重視したことを教えてください。

私が何を重視して東北大学を進学先に選んだのか、その理由は大きく二つあります。
一つ目は、自分が追究したいテーマを研究されている指導教員がいらしたことです。「自殺予防」に取り組んでいる先生は他大学にもいらっしゃいますが、私が特に研究したかったのは、近年増加している子どもの自殺問題でした。若年者への自殺対策分野の研究は、若年者の希死念慮・自殺念慮の要因分析やSOSの出し方教育が盛んでした。ただ、SOSの出し方教育をすることは同時にそのSOSの受け手が必要になります。学校(先生)については研究が盛んですが、身近な受け手である保護者は研究が少ない現状でした。
保護者は自殺の保護要因でもあり、リスク要因でもあります。SOSの受け手である保護者の現状を明らかにし、保護要因として保護者が機能するためには保護者へのどんな心理教育が必要か明らかにしたいと考えました。そのため、子どもの周囲にいる親世代、中年期の発達心理に焦点を当てた研究を行っている研究室を探し、東北大学大学院教育学研究科にたどり着いたのです。
二つ目の理由は、東北大学が掲げる「研究第一」「門戸開放」という理念です。私の父は国立大学で理系の研究者をしており、私も幼い頃から研究することに対する憧れを抱いていました。せっかく大学院で学び直せるチャンスがあるなら、研究にじっくり向き合える環境で学びたいと思ったのです。また、私はこれまでホステスとして働いた経験があり、カウンセラーとしてテレビにも出ていました。こうした異色の経歴をメディアでも公表していたため、心の広い大学でなければ受け入れてもらえないのではと懸念していたのです。そんな中、日本で初めて女子学生を受け入れた歴史を持つ東北大学なら、多様な経歴を持つ私を受け入れてくれるかもしれないと期待し、受験を決意。結果、無事に合格し研究者としての門戸が開かれました。
仕事を続けながらでも工夫次第で研究は効率よくできる。
━━社会人として働きながら学ぶことは苦労が多かったのではないでしょうか。

多くの社会人が休職して大学院に通われる中、私は自営業ということもあり、仕事を続けながら学ぶ道を選びました。平日は東北大学大学院で学び、土日は東京のオフィスでカウンセリングを行うという生活でした。
たしかに、働きながら大学院に通うのは簡単なことではありません。しかし、私はむしろ仕事と両立する方が効率的に学べると考えました。私は時間に余裕があると、「まだ大丈夫」と思い、ついダラダラしてしまうタイプです。限られた時間の中だと集中し、計画的に取り組まざるを得なくなるので、効率よく研究を進めることができると考えたのです。特に私の場合は仕事と研究は同じ分野でしたので、両立しやすかったともいえます。 一般にはタイムマネジメントに苦労すると考えるようですが、実は、社会人になると無意識にできあがった構えみたいなものがあり、頭が固くなっています。自己の無知を自覚し、わからないことを認め、必要なことを尋ねるという成人学習特有の難しさの方が大変でした。具体的には新しく「臨床心理学的な物の見方」を取り込んでいく際に、柔軟さを試されているなと感じていました。
━━研究の時間をつくるために工夫したことはありますか。
私は、時間がないは言い訳にすぎず、時間は作るものだと考えています。一日の中で研究以外に欠かせないことといえば、お風呂、食事、身支度などがあります。私は、これらをできるだけ自動化することを意識していました。
例えば、食事は決まったメニューにする、服は曜日ごとに決めておくといった工夫を取り入れ、日常生活の中で迷ったり考えたりする時間を極力減らしていました。研究以外では、できるだけ脳を使わず、集中力を温存したかったのです。
東北大学だからこそ自分の研究に没頭できた。
━━東北大学の学びやすさやサポート体制についての感想を教えてください。

東北大学の学びやすさは、「興味のあることを追究したいのなら、それを支援します」という懐の深さにあります。特に教育学研究科の学生が興味を持つことは多岐にわたっていて、指導教員の先生は一人ひとりの主体性を尊重したサポートをしてくださいます。大学によっては、先生の助言によって研究テーマが変わることもあると聞きますが、東北大学ではそのようなことがなく、自分の探究心を存分に発揮できる環境に感動しました。
また、学生同士も互いをリスペクトし合い、率直な意見を交わすことのできる雰囲気でした。私は同期に比べ約20歳も年上でしたが、「社会人だから」「すでにカウンセラーとして働いているから」といった余計なプレッシャーを感じることなく、のびのびと研究に没頭できたことは恵まれていたと思います。
研究のサポート体制として印象的だったのは、「学際高等研究教育院」という研究支援プログラムです。融合領域の分野で研究を希望する優れた大学院生に、経済的な支援や、研究活動の橋渡し的な支援を実施しています。私もこの制度を活用し、物理学、工学、天文学など異分野の研究者とディスカッションをしたり、論文を読んだりする機会を得ました。その結果、視野が大きく広がり、自分の研究に対する新たな視点を得ることができました。
━━東北地方で学ぶことの特徴や魅力はあったでしょうか。
もちろんありました。私が東北大学を研究の場に選んで良かったと感じる理由の一つは、仙台が研究に集中しやすい環境だったことです。東北ならではの奥ゆかしさなのか、私のメディア活動について誰も触れることがなかったので、過去の経歴をいったんゼロにしてひたすら研究に専念することができました。
また、東京ほど誘惑が多くない点も大きなメリットでした。東京は選択肢が多いがゆえに、あちこち移動して時間を費やしてしまいがちです。一方、仙台は必要な施設やお店がコンパクトにまとまっていて、効率よく用事を済ませることができます。必要なものはしっかり手に入り、適度に息抜きもできる。それでいて過度な誘惑がないという環境は、私にとって理想的でした。
大学院での学びで社会人としての大きな武器を手に入れる。
━━東北大学で学んだことが、現在の仕事でどのように役立っていると感じますか。

私は東北大学大学院で、親が子どもの精神的な不調に気づき、適切に支援するにはどうすれば良いのかという問いをテーマに研究を行いました。近年、自殺者数は減少傾向にあるものの、中高生の自殺者数は増加しています。この深刻な問題に対処するため、子どもだけでなく子どものSOSを受け止める周囲にいる大人に焦点を当てることが重要だと考えたのです。
これまでも自殺予防に関心を持ち、臨床現場で向き合ってきましたが、心を専門とする研究者としての経験を積んだことで、より細かく問題を分析できるようになったと思います。その結果、NPOでは、研究法を用いて科学的に相談員を採用・育成するシステムを構築することにつながりました。また、クライアントともより深く向き合えるようになりました。
以前は「臨床」と「ビジネス」という側面からしか関わることができませんでしたが、そこに「研究」の視点が加わったことで、サイクルがうまく回り出し、活動に深みと説得力が出てきたと感じます。
━━社会人が大学院に進学するメリットはどういった点にあるでしょうか。
私が具体的な知識や技法以上に役立っていると感じるのは、仮説思考、論理的思考、批判的思考、そして研究という長期計画を遂行する力、粘り強さなどを養えたことです。これらがすべて、研究を通して体得できるのですから、社会人にとっては大きなメリットになるのではないでしょうか。
修士課程や博士課程の研究とは、自分でテーマを見つけ、その価値を他者に説明できるようになるトレーニングだと考えています。また、そもそも研究は新しいことを発表する性質があるため、他者の中に受け入れる土壌が培われていません。そのため決して独りよがりにならず、客観的な事実を調べ、データを整理し、自分の考えを他人にわかりやすく説明しなければ研究は実を結ばないのです。こうした経験は、いわゆるビジネスにおける解像度を上げることにつながるため、相手に合わせてどこまで説明すれば仕事がうまく回るかなども見えてくるようになります。
私は研究第一主義の東北大学で学んだおかげで、ビジネスにおいても貴重な武器を手に入れることができました。
研究という挑戦が、自身の未来を切り拓く鍵になる。
━━入学を考えている社会人の方に向けてメッセージをお願いいたします。

これまでの時代では、正解を見つける能力が高い人が重宝されてきましたが、今後はその役割をAIが担うようになると言われています。これから重要視されるのは、研究力を持った人材ではないでしょうか。
研究とは、未知の世界に問いを立て、問題を発見し、新たな知を創造する営みです。かつては暦年齢と人生のステージが一致する人生モデルが一般的でしたが、今やマルチステージモデルへと変化し、学び直しは何歳からでも自らの可能性を広げる大きな機会となります。大学院進学は、どこを目指し、何を大切にして生きるのかを深く問い直す場でもあります。社会経験を持つからこそ、実社会の課題を研究に活かし、新たな視点を築くことができるはずです。研究の道を歩むことは、自らの未来を切り拓く挑戦です。その一歩を、ぜひ踏み出してください。

自殺と魂 ユング心理学選書④
著者:ジェームス・ヒルマン
出版社:創元社
発行:1982年11月
いわゆるステレオタイプの「自殺防止」の考え方に対して根本的な疑問を呈した内容。外側から分析する自殺ではなく、「死の経験」が人間の魂にとって必須のものという観点から、心の内側から湧き上がる「死にたい」という思いについて洞察を深めた一冊。心の専門家になる上で、自殺を願う心理とは何なのかを探るために一度は触れていただきたい。

Profile
塚越 友子TSUKAKOSHI Tomoko
愛知県出身。大学院卒業後、広報・PRの仕事に従事する中で過労から内蔵疾患を発症し、治療生活でうつ病になる。うつ病治療中のカウンセリングの効果に感動し、カウンセリングを世に広報していこうと一念発起し、産業カウンセラーの資格を取得、2008年に東京中央カウンセリングを開業。多数のメディアに出演する。2017年、東北大学大学院教育学研究科博士課程前期に入学し、2024年に博士課程後期を修了する。
[修士論文]
中学生親子における内在化問題行動の評定差と子どもの疎外感の関連について
[博士論文]
子どもの精神的不調に対して親が行う支援に関する臨床心理学的研究