
文理どちらも
好きだった私が出会った
「心理統計学」という学問。
目には見えない「心」の
測定を探究し続ける。
KUBO Saori
大学院教育学研究科
総合教育科学専攻
准教授
KUBO Saori
久保 沙織
2025.3.25
目には見えない「心」を測定するにはどうすれば良いか。
━━久保先生が専門とする研究テーマについて教えてください。

心理特性をはじめとする目には見えない概念的なものを「構成概念」と呼びます。実は皆さんが気にしている「学力」も構成概念の一つであり、テストを通じて学力という構成概念を測定しているのです。これも私の研究分野に含まれます。
特に文科系の研究において、統計手法は自分たちが知りたいことを明らかにするために必要なツール(道具)です。例えば体重を知りたい時は体重計というツールを使いますね。物の長さを測りたいなら、物差しというツールを使うでしょう。しかし「構成概念」の場合、こうしたツールが確立されておらず、測定の方法も明確に定まっていません。ここが心理統計学の難しいところであり、同時に面白い点でもあります。
どの分野においても、データに基づき根拠を導き出す「エビデンスベースト」(evidence-based)の考え方は重要であり、そのために「統計手法」というツールそのものを研究する学問も存在します。一般に、教育学部は文系に区分されますが、理系の知識を多用する心理統計学という学問も含むため、文理横断・文理融合の学部の性質をもっています。特に東北大学教育学部には、ロボティクス、AIを研究する教員も在籍していて、文理横断・文理融合の性質が強いと感じます。
━━久保先生が担当されている講義について教えてください。
いくつか担当していますが、学部生向けには主に二つの講義を担当しています。
一つ目は「全学教育」の講義です。東北大学では、主に学部1・2年生を対象に基本的な教養や知識、技能を養うことを目的として、学部を問わず履修できる全学教育というカリキュラムを設けています。その中で私は、文系4学部(教育学部、文学部、法学部、経済学部)の学生向けの「数理統計学入門」を担当しています。(2024年12月インタビュー時点)
この講義では、記述統計学と推測統計学で利用される主要な統計手法について学びます。先ほど統計手法はツールとお伝えしましたが、例えば心理学や教育学の研究で使うツールが、経済学の研究でも活用できることは少なくありません。研究テーマに対して適したツールを選ぶためにも、学部の枠を超えて統計学の基礎理論や統計手法を学ぶことは大きな強みになります。 もう一つ担当しているのは、教育学部生向けの「教育統計学(心理統計法)」です。この講義では、教育学や心理学の分野で特に活用できる統計手法を詳しく解説しています。
毎日の学びの積み重ねが安定した学力をつくる。
━━先生は高校時代どのような勉強をしていましたか。

私の勉強スタイルは少々特徴的だったかもしれません。学校の校舎と非常に近い下宿で生活していたこともあり、放課後は門が閉まるギリギリまで職員室で先生方に質問し、直接指導を受けていました。定期テストや受験に向けた特別な勉強というよりも、授業で疑問が生まれたらなるべくその日のうちに解消することを心がけていました。
苦手意識が芽生える前に問題を解決していくよう努めていたため、どの科目もわりと好きだった記憶があります。特に国語、英語、数学が好きでした。世界史も興味はあったものの、他の科目と比べると暗記するのに苦労したように思います。「この国でこの出来事が起きた頃、あの国では何が起こっていたか」といった時代感覚を掴むのには少し時間がかかりました。 周囲には塾に通う友人が多くいましたが、私にとっては学校の授業で学び、過去問や練習問題に取り組み、わからない点があれば先生に質問するというスタイルが合っていました。振り返ると、毎日の授業で学んだことをしっかりと身につける積み重ねが、安定した学力につながったのだと感じています。
大学受験は私立の早稲田大学を第一志望に考えていましたが、先生方の勧めもあって受験に向けては国立大学向けの対策をしていました。私立の文系に進む場合、文系科目のみで受験できるケースもありますが、私は理系科目も好きだったので国立対策の勉強方法が合っていたのです。結果として、現在は文系の学部で研究を行いながらも、理系の要素が強い統計学を扱っているので、総合的な学習アプローチを選んで良かったと実感しています。
━━志望大学はどのようにして決めましたか。

大学の志望を決める前段階として、高校生の時に文理選択がありますが、私は文理どちらも好きだったため、この選択には非常に迷いました。最終的に文系を選んだ理由は、当時の私の限られた理解では、「人と触れ合う仕事に就きたいなら文系の方が可能性が高い」と考えたからです。今振り返ると、必ずしもそうとは限らないと思いますが、当時は文系の方が卒業後の進路や就職先のイメージがしやすく、それが文系選択の決め手となりました。
早稲田大学第一文学部総合人文学科(現在は文学部文学科)を志望した理由は、元々興味のあった心理学について学びたかったからです。加えて、東京にある私立の総合大学には、全国からさまざまな価値観や経験を持った人々が集まっているだろうと考えました。現在で言うところのダイバーシティに富んだ環境の中で、人の心理について学べる点に大きな魅力を感じました。
文系学部で出会った「統計学」という文理融合の世界。
━━入学後、大学生活はどのように過ごされましたか。

大学1年次は心理学を中心に学びながら、哲学や論理学、中国語、ロシア文化など幅広い分野に触れ、自分の興味の幅を広げることができました。2年次からは心理学専攻のカリキュラムが始まり、そこで「心理統計学」という学問分野に出会います。
心理統計学の授業は週に1回、朝から2コマ連続で集中的に行われました。さまざま な統計手法について、講義を通した理論の理解と、統計ソフトウェアを利用したデータ分析の実践をセットで学んでいきました。その週に学習した内容についてソフトウェアによる分析を行い、その結果の解釈を記述するという課題を毎週こなします。心理統計学の授業に加えて、心理学に関する実験や調査を行い、そこで得られたデータを分析しレポートを作成するという演習の授業もあったので、なかなかハードだった記憶があります。
しかし、高校時代の文理選択を最後まで迷った私にとって、理系の知識を必要とする「心理統計学」に出会えたことは、大きな喜びでした。文系のテーマを扱いながらも、研究過程では大好きだった数学を活用できる面白さ、そして目に見えない心を扱うからこそ数値的な結果を示すことの重要性に強く惹かれました。さらに、心理統計学として学んだ統計手法が心理学だけに限らず、分野を越えて適用される可能性を持つ汎用性の高い学問であることも魅力に感じました。
3年次には、念願だった心理統計学の研究室に配属され、データマイニングやマーケティングサイエンスのための統計手法などをさらに幅広く学び、実際のデータに適用する演習に取り組むようになります。統計の奥深さと可能性に触れ、さらに専門的に学びたいという思いが強くなり、大学院への進学を決意しました。
━━大学院での研究テーマを教えてください。

冒頭で触れた「構成概念」を自在に扱うための分析手法の一つに、「共分散構造分析」と呼ばれるものがあります。例えば「学習意欲」という構成概念を測定するなら、学習意欲が高い人の行動や思考はどういうものかを考えて質問項目を作成し、アンケート調査でデータを収集することで間接的に測定することになります。共分散構造分析では、直接観測される質問項目に対する評定値だけではなく、その背後に仮定される「学習意欲」という構成概念を潜在的な変数として扱うことが可能です。私は大学院で、この共分散構造分析を用いた研究に取り組みました。
さらに、共分散構造分析の枠組みで、測定の精度に関する研究も行いました。先ほどの「学習意欲」の例のように、ある特定の心理特性を測定するための質問項目の集まりは「心理測定尺度」と呼ばれます。心理特性のように目に見えないものを測定の対象としているからこそ、作成した質問項目によって構成概念の測定がうまくできているのか、つまり測定のツールとしてきちんと機能しているのかを確認することが重要です。具体的には、測定結果が一貫して安定しているかを示す「信頼性」と、意図した構成概念を正しく測れているかを示す「妥当性」の2つの観点から検証します。博士論文では、共分散構造分析によって信頼性と妥当性を評価する手法について研究しました。
こうした研究をさらに深めるため、大学院を卒業後も早稲田大学に助教として残り、今では東北大学で心理統計学の探究を続けています。共同研究や講義を通じて多くの人々と交流する機会も多く、高校時代に思い描いていたような理想的な働き方ができているなと感じます。
世界に開かれた学びの機会と多様な研究分野。
━━教員の立場からみて、東北大学教育学部での学びにはどのような魅力がありますか。

教員一人あたりの学生数(ST比) が少ない 傾向にある点が魅力的だと思います。令和6年度の比率は7.41となっており、少人数で授業が行われていることがわかります。より個別指導が受けやすい環境なので、私の高校時代のように、先生に相談したり質問したりしやすい学部です。
また、教育学部には心理学、教育政策、成人教育など多様な研究室があり、異なるアプローチから教育を学ぶことができます。幅広い分野に触れ、その中から自分に合った研究テーマを選ぶことができる非常に贅沢な環境です。
さらに、私が東北大学に赴任して気づいたのは、この大学が世界に開かれた学びの場であるということです。大学全体としての留学先協定校に加え、学部独自に締結している留学先もあり、世界規模で学びの機会が提供されています。また、留学生の受け入れにも積極的で、国際的な交流が活発に行われています。例えば、 「ユニバーシティ・ハウス」という国際混住寮もあり、ここでは留学生と日本人学生が8人1組となって生活を共にします。入寮希望者が非常に多い人気の寮です。
国際交流の場が多く、研究分野の幅も広い大学なので、視野を広げながら学びたい方にはとても良い環境だと思います。
得意科目に絞り込みすぎず興味の幅を広げてほしい。
━━最後に、東北大学の受験を考えている学生の方にメッセージをお願いします。

これから大学進学を目指す皆さんには、高校での勉強では学びの幅を絞り込みすぎず勉学に取り組んでほしいと思います。「これがやりたい!」という明確な目標があることは素晴らしいことですが、大学に進んでみて、新たに興味の持てる分野が見つかるかもしれません。私自身も、大学に入学するまで「心理統計学」という学問分野があることを知りませんでした。 大学では、高校生活まででは出会えなかったような学問や視点に触れることができるはずです。その時、自分が苦手な分野だからと可能性を狭めてしまわないためにも、なるべく文系も理系もバランスよく取り組んでみてください。苦手だなと思う物事があった時、「好き」にならなくても「嫌いにならない」ことを意識することが、 これまでの自分の進路選択の幅を広げてくれたと思います。
東北大学教育学部では、皆さんの「これがやりたい!」を共に見つける仲間と、その目標を高い専門性で実現に導く教員が待っています。いろいろな分野にアンテナを張り、東北大学でその可能性がさらに広がることを願っています。

心理統計学の基礎
—統合的理解のために
著者:南風原 朝和
出版社:有斐閣
発行:2002年6月
何度読み返しても発見のある、私にとってバイブルのような一冊。心理統計学という学問を比較的平易な表現で説明しており、初めて当学問に触れる方にもおすすめ。

Profile
久保 沙織KUBO Saori
青森県立八戸高等学校出身。早稲田大学第一文学部総合人文学科を卒業後、同大学院文学研究科人文科学専攻に進学。修士課程を修了、博士後期課程を単位取得退学後、博士(文学)の学位を取得する。その後複数の大学で助手、助教を勤めた後、2020年より東北大学高度教養教育・学生支援機構准教授に着任。2024年より東北大学大学院教育学研究科准教授。
[学士論文]
アクセスログデータのデータマイニング
[修士論文]
Determination of the Direction of Path for Simple Regression Analysis Using ADF3: The Case of the Observed Variables as Sum of Item Scores
[博士論文]
多特性多方法データを用いて測定の信頼性と妥当性を定量的に評価するための方法に関する研究