経験を問いに変え、研究へ。
グローバル・シチズンシップの
視点から考える高等教育の国際化。
NAKASATO Lauren
大学院教育学研究科・教育学部
助教
NAKASATO Lauren
ナカサト ローレン
2026.3.23
日系アメリカ人として育ち、国際教育で働き、ぶつかった2つの疑問
━━ナカサト先生が専門とする研究テーマについて教えてください。

私の研究には大きな2つの柱があります。一つは、多様性の中で共に生きるための学びの探求、もう一つは、グローバル化における大学などの高等教育のあり方の検討です。多様性の中で共に生きるためにグローバル・シチズンシップの重要性が指摘されていますが、それをどのように育成するのかについては議論が続いています。そこで、現在は、高等教育の国際化と、それがグローバル・シチズンシップの育成にどのような影響を与えるのかを中心テーマに据えて研究しています。
高等教育の国際化は、現在大きく変容しています。過去40年間、高等教育の国際化は新自由主義的な政策のもとで市場化が進んできました。その一方で、それに対する批判的な視点として、グローバル・シチズンシップ教育の議論・実践も広がってきました。グローバル・シチズンシップは様々な定義がありますが、共通しているのは、国家という枠を超えて他者とつながり、行動を起こす点です。グローバル規模の課題が解決されていない中で、近年は新国家主義や権威主義の広がりにより、グローバル・シチズンシップという考え方自体が揺られています。
このテーマを選んだ背景には、私自身の経験があります。私はアメリカで日系4世として育ちました。幼い頃から、社会が多様性を受け入れ、共に生きていくにはどうすればよいのかという問いを抱えていたのです。
また、大学卒業後に10年間、国際教育の現場で働いたことも影響しています。留学支援に携わる中で、学生の学びが必ずしもグローバル社会的な行動に結びついていない現実に直面し、国際教育はこのままでよいのだろうかという疑問を持ったことが、研究の道へ進むきっかけとなりました。
━━現在、東北大学ではどのようなお仕事をされていますか?

2025年5月に東北大学に着任し、2026年度から大学院の授業を担当する予定です。現在は主に教育学研究科の国際化をサポートしています。
その一つが、アジアエデュケーションリーダーシッププログラム(AELC)の事務局としての仕事です。これは日本、台湾、韓国、中国、タイの5大学が連携し、学生が夏と冬に各国で10日間の留学を行うプログラムです。参加する学生は皆、英語が第一言語ではありませんが、共通言語として英語を使い、教育学や心理学などを共に学びます。私は各国のコーディネイターと協力して、プログラムの実施を多方面からサポートしています。
もう一つは、東北大学で英語による学位取得が可能な国際学位プログラムに関わる業務です。教育学研究科の英語による博士プログラムの調整や事務作業を担っています。これまでに一度、このプログラムの中で、高等教育の国際化をテーマに授業の一部を担当したこともあります。
記者を目指して進学した大学で、新たな方向性を見つける。
━━高校時代はどのように過ごされていましたか?

私は高校も大学もアメリカだったので、日本の受験勉強のような入試対策は経験していません。アメリカにはSAT(Scholastic Assessment Test)という標準学力テストがありますが、選考において最も重要なのは、エッセイと呼ばれる出願書類です。
そこでは、自分は誰なのか、何を目的に大学に入るのか、どう社会に貢献できるのかを、過去・現在・将来を貫く一貫したストーリーとして伝える必要があります。そのためのトレーニングには、非常に力を入れました。同級生と議論したりグループワークをしたりするのが楽しかった思い出があります。
高校時代は勉強以外にも、現在の研究を支えている経験がたくさんありました。印象に残っているのは、両親の仕事の都合でアメリカに来ていたある韓国人のクラスメートとの出会いです。見た目はアジア系同士だし、親しみを感じて友達になりたいと話しかけた私に、彼は「あなたは日本人だから友達になれない」と言いました。アメリカ人として育ち、自分を日本人だと意識したことがなかった私にとって、それは大きな衝撃でした。歴史的な背景を知らなかった私は、そこから彼女とどう向き合うべきかを考え始めました。学校生活を通して、最終的には友人になれましたが、この経験が多様性を考える原点の一つとなったのです。
━━進路はスムーズに決まったのでしょうか?

高校時代は研究者になるつもりは全くなく、記者を目指していました。学校新聞の編集長を務めており、社会のストーリーを他者に伝えること、社会をより深く理解することにやりがいを感じていたからです。そのため、社会学部コミュニケーション学科がある大学に進学しました。
しかし、最初に受講したコミュニケーション入門の授業が自分には合わず、戸惑いました。さらに、ある新聞社でインターンを経験した際、不幸があったばかりのご家族に電話をしてコメントを頂くという仕事を割り当てられました。傷ついている方に電話をすることに強い抵抗を感じ、「この仕事は自分にはできない」と記者への道を断念したのです。
通っていた大学は学生数が5万人近くもいるマンモス校で、周囲は優秀な人ばかりでした(※2003年当時、合格率23%、SAT Iの平均スコアは受験者の上位10%に相当)。次第に自信を失い、夢も失った私は、これから先どうすればよいのかと迷っていました。
初めて学んだ日本語の授業で転機が。日本について知識を深め、来日することに
━━迷っていた時、転機になったことはありましたか?

副専攻として選んだ日本語の授業が、私を変えてくれました。日系4世といっても両親も私も日本語を話せなかったので、大学で初めて「あいうえお」から習い始めたのです。
専門の社会学の授業と違って、日本語の授業は少人数でほぼ毎日ありました。学生同士の競い合う雰囲気が薄く、協力的な環境でした。
例えば、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んだ時のことです。クラスのみんなでパートを分け、自分の担当部分の漢字や言葉を調べて、みんなで教え合いながら読み進めました。日本にルーツを持つ人、フィリピンや台湾にルーツを持つ人、カトリック教徒など、多様なバックグラウンドを持つ学生たちが、一つの物語に対してそれぞれ異なる捉え方をしていて、その違いが、とても興味深く感じられました。
日本語の授業での経験に加え、若いころからルーツのある日本に行ってみたかったので、大学卒業後、日本の高校でALT(Assistant Language Teacher)として英語を教えることになりました。その後は、アメリカで日本語を教えたり、日本学術振興会のサンフランシスコオフィスで現地スタッフとして働いたりしながら、次第に教育の国際化というテーマへ惹かれて、大学院に進学することを決めました。
━━大学院ではどのような研究をしていましたか。

大学院では、自身の経験を学術的に裏付ける作業が続きました。高等教育の国際化は入学当初から研究テーマに決まっていましたが、グローバル・シチズンシップについては、具体的なイメージはありませんでした。大学院で様々な文献を読む中で、グローバル・シチズンシップという概念と出会い、活発な議論が行われていることを知りました。
この時ようやく自分自身の研究テーマを見つけたと感じました。ただし、概念が広く捉え方も人によって異なるので、自分なりの定義や研究アプローチについて、定義する必要がありました。博士論文では、グローバル・シチズンシップをグローバルな意識やスキルを用いて、国境を超えて行動することとして定義しました。行動の例としては、環境問題のような国際的な課題に取り組んだり、平和を願うアクションに参加したりすることが挙げられます。この定義の元、留学、オンライン留学、国内交流という3つの事例研究を通して、どのような学習経験がグローバル・シチズンシップの育成につながるのかを検討しました。
ただ今後は社会的・政治的・経済的な変化を踏まえて、定義を再検討する必要があります。これまで私はグローバル規模の社会問題や平和的な活動を想定していますが、社会構造の変革といった大きな取り組みを目指す人もいます。研究者として、研究のコアとなる概念の意味を現状に踏まえて考える必要があります。
━━これから研究を深めたいことはありますか?

東北大学に着任する前に1年間、信州大学の助教として働きましたが、地域大学の国際化の課題と可能性について興味を持つようになりました。地域におけるグローバル・シチズンシップの意義と実践について、研究を進めています。
さらに、早稲田大学が主催する大型研究プロジェクト「普遍的価値と集合的記憶を踏まえた国際和解学の探究」のメンバーとして、高等教育の国際化がどう国際和解に貢献できるかについて研究を進めています。
東北大学も外国人の教員を増やすなどグローバル化を進めており、こうした動きも研究の文脈として興味を持っています。これから入学する方が、日本にいながら国際的な学びができるよう、支援をしてきたいと思っています。

The Origins of Higher Learning
Knowledge networks and the early development of universities
著者:Roy Lowe, Yoshihito Yasuhara 出版社:Routledge; 第1版
発行:2016年10月
高等教育の起源についての本で、現在の国際化を理解するためにも必要な歴史が学べます。大学が誕生する以前の各地の学びについても紹介されており、学生でも読みやすい一冊です。

Profile
ナカサト ローレンNAKASATO Lauren
アメリカ・カリフォルニア州出身。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)卒業後、日本でのALTや留学支援業務を経て、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて修士号(2020年、国際関係)、博士号を取得(2023年、国際関係)。その後信州大学グローバル化推進センター助教を経て、2025年より東北大学大学院教育学研究科・教育学部助教に着任。