ミネルヴァ・ノート

教育学研究科・教育学部インタビュー

TOHOKU UNIVERSITY

03

現代人に身近な学問である臨床心理学。
社会に貢献する心の専門家を育成する 

UMEDA Ayumi

教育学研究科 総合教育科学専攻
助教

UMEDA Ayumi

梅田 亜友美

2023.2.15

幅ひろい領域で活躍できる人材を目指せる臨床心理学。

━━梅田先生の担当しているコースについて教えてください。

私は、公認心理師や臨床心理士などの資格取得を目指すコースを担当しています。公認心理師は、2017年にできたばかりの日本初の心理職の国家資格。心の健康問題に対する注目度が高まっているのがわかります。
東北大学の教育学部教育心理学コースや、大学院の教育学研究科臨床心理学コース では、こうした心の研究を通してひろく社会に貢献できる人材を養成するため、座学はもちろん実際のカウンセリング業務を体験するなど、実践的な講義をおこなっています。他施設での実習もあるので、実習先とのやりとりなどをサポートするのも私の仕事です。
卒業生の進路はさまざまで、地域の福祉に携わる人もいれば、カウンセラーとしてクリニックで勤務する人、一般企業に就職する人も。最近は、企業が社員のストレスチェックをする制度があるなど、メンタルヘルスに対する取り組みが社会全体に広がりつつあるので、幅ひろい領域で心の専門家として活躍しています。

臨床心理学は現代人にとって身近な学問。

━━心の専門家がひろく社会に必要とされている背景は何でしょうか?

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なぜこれほど多くの分野で卒業生が活躍しているのかというと、「臨床心理学」は現代人にとって非常に身近な学問だからです。精神疾患に限らず、誰にとってもストレスや悩みなど心の問題はあるもの。臨床心理学は、一般にひろく活用できる知見に富んでいます。
例えば、私は今「セルフ・コンパッション」の研究をしています。セルフ・コンパッションとは、直訳すると「自分に対する思いやり」です。他人を思いやることはできても、自分にその優しさを向けるのは意外と難しいもの。つい自分を責めてしまう癖がある人も少なくありません。でも、心の健康を考える上ではセルフ・コンパッションはとても重要です。そこで、どうすれば自分に思いやりを向けることができるのかといった研究をしています。

━━心が不安定な状態だと、どんな影響が出てきますか?

ある面白い研究結果があります。心の健康状態が良くない人は、ぼんやりすることが多く、集中したくても思考があちこち飛びやすいというものです。これを専門用語で「マインドワンダリング」というのですが、ではマインドワンダリングに先ほどのセルフ・コンパッション(自分への思いやり)が介入するとどうなるでしょうか? 今はこうした実験にも力を注いでいます。
マインドワンダリングは、集中して勉強に取り組みたい受験生の皆さんにとって、関係のない話ではないと思います。このように、意外と身近なところで活用できる研究をしているのが臨床心理学です。

気になることを探究する心が進路を決める。

━━今の研究を選んだ経緯を教えてください。

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「臨床心理学」と一口に言ってもさまざまな研究手法があるのですが、私が今の専門に興味を持ったのは、大学時代に出会った「認知行動療法」がきっかけです。心の健康に対する理解の仕方がとてもわかりやすいと感じ、これなら医療の現場だけでなく、誰もが感じる不安やストレスなどに関する研究ができるのではないかと興味を持ちました。
そこから研究を進めていくうちに、先ほど例に挙げたようなセルフ・コンパッションやマインドワンダリングといった考えに出会ったのです。身近な悩みや現象も研究対象になることに驚きましたね。
その他にも、臨床心理学には表現療法やブリーフセラピーなど、さまざまなアプローチがあるので、皆さんも自分の気になる分野を一つひとつ探究していくうちに専門として取り組みたい研究に巡り会えると思います。

学生時代のひとつの講義が私を大学教員へ導いてくれた。

━━大学受験はどのようにして取り組んでいましたか?

今でこそ研究に没頭している私ですが、実は母校である金城学院大学への進学は内部推薦 で決まっていたので、受験勉強と言えるほどの勉強はしていません。 内部推薦のために意識したのは、日々の授業と定期試験です。授業中は先生の話を一言一句メモに取るよう集中し、後から別のノートにきれいにまとめ直して頭を整理していました。定期試験前には問題集を何度も解き、わからない箇所は先生に質問して不明点を解消しておくように。こうした取り組みは今でも力になっていると思いますが、当時は内部推薦を意識した勉強が主で、勉強自体が好きというタイプではありませんでした。
でも、大学に入学してからはガラッと勉強に対する意識が変わりました。心理学の先生が、自分の専門領域に関してものすごく楽しそうにいきいきと話されている姿を見て、心の底からかっこいい!と感動し、大学教員を目指そうと決めたのです。
そこからは、人が変わったように勉強するようになりました。1限目から5限目までぎっしり履修を組んで、空いている時間は図書館で予習と復習を繰り返し、土日も勉強に費やしました。

━━大学時代の勉強方法について教えてください。

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英語が苦手だったので、中学英語からやり直し、心理学に関する英語の論文をひたすら翻訳しました。英語の勉強だけで、ノートを1ヶ月に2冊は消費していたと思います。
心理学の勉強に関しては、参考書に書かれていることを丸暗記するつもりで何度も読み返したり、学校の図書館にある哲学書を読みあさったりしていましたね。 これだけやっていたので、在籍していた多元心理学科 での成績は常にトップクラス。 先生方から臨床心理学の基礎について、しっかりご指導いただきました。ですが、専門としていきたかった認知行動療法についてはご専門の先生がいらっしゃらなかったので、他大学院への進学を目指したのです。
先生から「優れた研究成果を出している大学院 にした方が、同じ志の仲間が集まりやすい」とアドバイスをいただき、早稲田大学大学院人間科学研究科を受験しました。 筆記試験は心理学の専門科目と英語。過去問を何度も解いて対策し、無事に進学することができました。

研究に大切なことは才能よりも続けること。

━━大学院ではどのような研究をしていましたか?

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早稲田大学・大学院は認知行動療法のメッカといわれています。ここで私はより専門的に、認知行動療法を研究するようになりました。ですが、まわりは早稲田大学から内部進学してきた学生が大半を占めていて、学部生のうちから専門的に学んでいる同期が多く、私の二歩も三歩も先を進んでいたのです。
臨床心理学の基礎についてはしっかり勉強してきたので、そこは負けないぞという気持ちがあった一方、専門領域については上には上がいることを知り、自分には才能がないのかもしれないと大学教員 への道を諦めかけたこともあります。修士課程を修了 した後、博士課程へ進学するかどうか迷いました。
そんなとき、先輩からいただいた助言が今でも忘れられません。
「才能があるかどうかより、続けることが大事なんじゃない?」
確かに長い研究者人生を考えると、才能よりも日々の研究の積み重ねの方が大事になってきます。どんなに才能があっても継続しなければなかなか成果にはつながりません。 そう思えるようになってからは、まわりの優秀な学生たちと自分を比べて悩むのではなく、自分の研究に集中できるようになりました。
博士号を取得した後もスムーズに今の職に就けたわけではなく、1年くらい大学の採用試験にチャレンジし続けました。就職先は、研究所等さまざまな選択肢がありましたが、大学教員になることが長年の夢でしたので、大学に絞って就職活動をしました。
また、大学で教鞭をとるには教育歴(講義や研究指導の経験)が条件となることが多いので、できるだけ早い段階で教育歴を身につけておきたかったのも就職活動先を絞った理由です。数少ない未経験でも受けられる公募枠を探し、粘り強く採用試験を受け続け、東北大学大学院教育学研究科に採用されました。

今こうして、夢だった大学教員のスタートラインに立てたのも 、応援してくれた家族やお世話になった先生、先輩方のおかげだと思います。

━━進路に悩んでいる学生にアドバイスはありますか?

学生の皆さんから、よくこんな相談を受けます。「カウンセラーを目指しているけれど向いているかわからない」と。でも、何事も初めからうまくいくことはないので焦らないでほしいと思います 。簡単じゃないからこそ専門の教育機関があり、トレーニングがあるのですから。
もし進路を考える際に、「好きな分野だけど向いているかわからない」と悩んでいる人がいたら、私はチャレンジしてみることをおすすめします。
努力を続けることって、渦中はつらいし、努力が必ず報われるとも限りません。私も、一生懸命書いた論文が評価されなかったらやっぱり落胆します。けれど、結果がどうであれその過程で積み上げた努力は確実に自分のためになるので、マイナスではありません。

東北大学はエキスパートの先生方に質問し放題の贅沢な環境。

━━志望大学を選ぶ際に意識したほうが良いポイントを教えてください。

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私の学生時代の経験から言えることは、どんな環境でどんな人と関わりながら学ぶかはとても重要だということです。
特に進路を考える際は、まわりに情報共有できる人がいないと不安ですし自分が今どのレベルにいるのかもわかりません。やはり、一緒に切磋琢磨できる仲間は大切です。 それに、先ほど「好きなことならチャレンジした方が良い」と言いましたが、環境が整っていればチャレンジから得られるものはより大きくなります。
その点、東北大学は理想的な環境です。意欲的な学生が全国各地から、そして世界各国から 多く集まっていて、さまざまな価値観、文化の違いを肌で感じることができます。こうした刺激は、すべてが研究のヒントとなり、深い考察につながっていくでしょう。
また、教育学部では統計学に特化した研究、政策に関する研究、私のように臨床心理学から見た研究など、幅ひろいアプローチで人の生涯について研究できます。例えば、臨床心理学の観点だとこうだけど、政策の観点からみるとどうだろう?といった多角的な研究も可能です。各分野のエキスパートである教員がそろっていて、サブスクみたいにいつでも質問し放題だなんて本当に贅沢だと思います。
また、学生と教員の距離感が近いのも特徴のひとつ。臨床心理学の先生方は穏やかで優しい方が多く、学生にとっては気軽に相談できる雰囲気です。私は教員の中で一番学生 たちと年齢が近いので、普段からいろいろな会話をしますが、学生 が先生方を信頼しているのがすごく伝わってきます。ここは学生にとって、安心して研究に取り組める理想的な環境です。
もう一度学生生活を送れるなら、東北大学で学んでみたいと思うこともありますね。

答えのない世界で探究を楽しもう。

━━最後に、受験生に向けてメッセージをお願いします。

大学受験は、長く大変な道のりかもしれません。ですが、学ぶことは本来楽しいものだと思います。私も高校時代までは「ただ決まった答えを覚えるだけ」と思っていましたが、大学に入ってからは、自分で答えを探究していく面白さに気づきました。臨床心理学は、同じ現象であっても、研究者によって異なる見解を発表しているなど、明確な答えのない興味深い世界です。だからこそ、一人ひとりの研究心に意味があります。学びの道で壁にぶつかったとしても、失敗したとしても、何かしら自分の力になるので大丈夫。努力する過程も楽しんで、充実した経験に変えていってくださいね。東北大学教育学部で、皆さんと一緒に学びを深められることを楽しみにしています。

ふと浮かぶ記憶と思考の心理学

—無意図的な心的活動の基礎と臨床

著者:関口 貴裕/森田 泰介/雨宮 有里
出版社:北大路書房
発行:2014年3月

たとえば読書中や会話中などに、ついつい他ごとを考えてしまうことがありませんか。そんな私たちにとって身近な現象について、心理学の科学的知見に基づき解説されている本です。なぜ私たちはつい考えごとをしてしまうのか、それにどう対処していったらよいか、ヒントを得ることができると思います。

Profile

梅田 亜友美UMEDA Ayumi

私立金城学院高等学校卒業。金城学院大学人間科学部多元心理学科を卒業後、2016年に早稲田大学大学院人間科学研究科へ進学、2021年同博士後期課程 修了。2022年7月より東北大学大学院教育学研究科助教に着任。博士(人間科学)(早稲田大学)。

教育学研究科・教育学部 教員プロフィール